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zoom RSS 単独行者 新・加藤文太郎伝

<<   作成日時 : 2019/02/05 06:03   >>

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「単独行者」 アラインゲンガー 新・加藤文太郎伝 谷甲州
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<本文から>
 単独行であれば、一人分の危険を背負うだけですむ。だがパーティ登山の場合は、人数に応じて危険が増大する。
たしかに仲間がいれば心強いが、それは単に危険を分散させているだけだ。むしろ他のものの危険まで引き受けざるをえないパーティ登山の方が、事故の発生する確率は高いのではないか。

 かといって、これを一般論にする気はない。一定の条件を満たした登山家でなければ、この理屈は当てはまらないからだ。簡単なことだ。山中で遭遇する様々な危険に、自力で対処できるかどうかが問われるだけだ。もしも満たしていなければ、単独行などやるべきでなかった。普通にパーティを組んで、全員の力量にあわせた登山をすればいい。

 逆にいえばそういった枠組みからはみ出したところに、単独行は存在している。必然的に単独行者は、強くならざるをえない。だがそれは、超人的な強さとは違っている。むしろ弱さを自覚していることが、単独行者の強みといえる。本質的に単独行者は臆病であり、常に石橋をたたいて渡るほどの慎重さで行動している。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 そして唐突に、加藤はその事実を思いだした。自分は何のために山へきたのか。戦うためではなかったのか。荒れる天候と戦い、困難な地形と戦い、そして自分と戦うためだった。それに気づいた以上、姑息な手段をとることは許されない。自分自身を叱咤し、勇を鼓して吹雪をついた。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇
<感想>
 遭難、事故に遭うまでの確率なら絶対に単独行のほうが低いはず。それは上記の理由から。ただし遭難してからの対処では、同行者がいたほうがいいに決まっている。情報を得、選択し、判断し、綿密に計画を立て、日々歩くための体力作りをし、危険を回避するための努力を出来る人がいかに少ないか。
 それが出来る人にとって、他人の危険を背負い込む可能性があるパーティは遠慮したいし、同行するなら、補える関係であることか、危険の少ない山域に限る。

 冒険の領域に近くなればなるほど、単独行の達成感は大きい。

2019.1.3(木)

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