疚しき沈黙

富良野風話(五)『疚しき沈黙』倉本 聰
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第二次大戦のあの時代。あの悲劇へと日本を導いた当時の大人たちの疚しき沈黙。その沈黙は今の日本に、まだ営々と棲み続けていまいか?哀しみと怒りを秘めてさわやかに時代を斬る倉本聰久々のエッセイ。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 組織の中で言葉を発すれば、それが組織のに反する。反すれば己の暮らしの基盤ががたがたと崩れて行くことになるから、もしかしたら正しく受け容れられるかもしれないが、安全をとって黙るべきである。軍国時代、いやそれ以前の旧幕時代から粛々と蓄積された保身のためというDNAが我々を深く冒してはいまいか。
 だとすれば上は下の持つそうした保身から来る恐怖心を除かねばならない。さもないと、上自身がその目を曇らせ、自らを過らせることになる。
 疚しき沈黙。重すぎる言葉である。<本文から>

もう一つ、沈黙に関しての言葉
だんまりバカは、3年分からず
年配の方から聞いて、妙に納得した・・・

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